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新型コロナウイルスのPCR検査の数学

新型コロナ肺炎の検査であるPCR検査ですが、「もっと検査すべき」だとか「検査が多すぎると医療崩壊する」とか、既にだいぶ前から色々議論がされてきました。

ただこれは「どちらか」という単純な問題ではありません。例えば、PCRを増やすといっても、少し喉が痛いぐらいでPCRを受けて良いのかというと、一部のメディアにご出演の「専門家」を除いて、多くの意見はそれはNGと言っています(私が聞いている範囲では)。

そりゃ、4月17日現在のソウルのPCR検査数は10万1266件、東京は1万7789件でとても少ないわけですが、仮に、気楽に各病院でPCR検査が受けられるとなると、東京では一気に数万人もの、或いは10万人を超える人ソウルの10万はあくまでもこの数ヶ月の累計)が病院に殺到してしまいます。もちろん、これでは病院はパンクします。

しかも、ニューヨークではPCR検査を待つ長い行列自体が感染拡大に寄与したという話もあります。

中には日本人全員にPCRを検査すべきということを言っている人もいるらしい。単純計算で恐縮ですが、1日に2万人検査できるようになると、$1億人 \div 2万人 = 5000$、つまり休みなくやり続けて5000日かかります。最後の頃の人は結果を10数年先に受け取るという馬鹿な話になりそうです。

もちろん、反対にPCR検査は少なければ少ないほど良いというわけではないでしょう。当然ドクタが必要だと判断しているにもかかわらずPCR検査を受けられないという状況は避けるべきでしょう。

ただ、いずれにしろ、私自身、特に専門家ではないのでこの辺のところを詳細に検討するつもりはなく(その能力はなく)、ここでは感度特異度という割合(%)について、若干の数学的な説明をしたいと思います。

というかぶっちゃけ、まずはこのような議論に参加できるように、私自身、最低限の知識を身につけておこうというのが、この投稿ということになります。

PCR検査は何故必要か

詳細に検討しないと言いながらも、そもそもPCR検査は何故必要なのかは認識する必要があります。

新型コロナウイルスは、文字通り新型です。他にもお仲間のコロナウイルスはいますが、今回のコロナウイルスは今まで少なくとも人間に感染していなかった(と思われる)わけで、人類は誰も免疫を持っていません。

当然、人類が経験する初めての病気なので、治療薬もない。実際熱が上がれば解熱剤、肺炎で息が苦しければ人工呼吸器を付けるというような対症療法しかないのが現状です。通常のウイルスではない肺炎球菌等の肺炎であれば抗生物質が効きますが、新型コロナウイルスには効きませんん。

ある程度既にある薬の中に有望なものがありそうですが、どうしてもこういう時は前のめりになりがちで、もう少し治験の結果が出てくるまでは安心できません。

こういう状況の中で、果たしてPCR検査をすることに意味があるのか。日本はPCR検査をもっとすべきなのか?

峰宗太郎氏は次のように述べています。

1
2
3
4
ひとつは、陽性の人を隔離したい場合。ふたつめは疫学調査などのために行う検査です。
誰かが感染して、その濃厚接触者が感染したかを判定したい場合ですね。それから退院者検査。
すでに陽性と判断されている人が2回陰性だったら、おうちに帰っていいとされています。
PCR検査をする意義は現在、この3つです。

脚注1

つまり

  • 隔離するため
  • 疫学調査(→これは全体像を把握するという調査ではなく、濃厚接触者の感染を把握してクラスタ潰しのため)
  • 退院の目処のため

あとは、なかなか実行は難しそうですが、院内感染をできる限り避けるために、入院患者に行うという選択肢もあるかもしれません(慶応病院の例:無症状でも約6%が陽性 慶大病院のPCR検査結果)。

ここで重要なのはPCR検査をして陽性と出ても、特に新型コロナウイルス特有の治療をしてもらえるわけではなく、せいぜい隔離されて医療関係者の近くに置いてもらえるというメリットだけだということです(これはこれで十分意味のあることですが、問題はそんな隔離病床やホテルの部屋が足りるかという問題が残ります)。

感度特異度の定義

さて、まずは今回のテーマの感度特異度の定義を確認します。

感度
本当に陽性の人が陽性と正しく判断される確率(残りの間違った分の割合は「偽陰性($\Rightarrow$陽性なのに陰性と判断されること)の割合」となる)
例えば、10人の本当の陽性の人を検査して、実際3人が陰性と間違って判断される(7人が正しい)、これが感度が70%ということ。

$ 7 \div 10 \times 100 = 70\%$

*感度*

特異度
本当に陰性の人が陰性と正しく判断される確率(残りの間違った分の割合は「偽陽性($\Rightarrow$陰性なのに陽性と判断されたこと)の割合」となる)
例えば、10人の本当の陰性の人を検査して、実際1人が陽性と間違って判断される(9人は正しい)、これが特異度が90%ということ。

$ 9 \div 10 \times 100 = 90\%$

*特異度*

この感度特異度は、既に使われているインフルエンザ等の場合は、PCR検査を行うようになって時間も経っており、色々と知識が蓄積してきているわけですが、この新型コロナウイルスはまだ新しく、正しくはわかってないようで、言っている人によって値が違っています。

だいたい、感度が70%、特異度が90%ぐらいと言っている人が多く、今回もこの辺の値を使って議論してきたいと思います。

最後にもう1つ。感度特異度は何故確率が違うのかを不思議に思っている人も多いと聞きます。これには、PCR検査の手法が絡んできます。

コロナウイルスに限ってざっくり説明すると、コロナウイルスはRNA(遺伝情報を持つ物質)を持っていて、人間の鼻腔等からウイルスを採取しそのウイルスからRNAを取り出し、安定しないRNAからDNAを複製(逆転写)して、これをPCR検査キットの中で増幅させます。そして、このDNAの中に今回の新型コロナウイルスに特有な箇所が見つかれば陽性ということになります。

なので、PCR検査はとても敏感です。なぜなら、ほんの少しのRNAでも増幅させているので、しっかり見つかるというわけです

では、特異度が一般的に高いのはそもそも陰性の人が陰性と判断されるのはウイルスがいないので増幅しても0は0のままだからです。では何故、偽陽性が出るかというと、検体を採取した時、検査中どこかで汚染(コンタミネーション)が起こるからです。PCR検査の敏感さが反対に裏目に出ます。空気中をマイクロ飛沫として浮遊していたものが、たまたま試験管に飛び込んだりするからです。

感度は特異度に比べ低いのが一般的ですが、これは検体を採取する時、例えば、採取する人が下手だったとか(結構熟練が必要)、感染からの経過時間がまだ短くウイルスが鼻腔まできていないとか、或いはRNAの抽出に失敗するとか、そういう理由であまり高くありません。つまり偽陰性が出やすいというのはPCR検査の宿命とも言えます。

感度70%、特異度90%とはどういう感じ?

これから本題です。

今回の本題

感度70%、特異度90%のPCR検査において、感染者が平均1万人に1人の割合である母集団($感染率 = 1 \div 10000 \times 100 = 0.01\%$)に対してPCR検査をした場合、「陽性と判定される人の中で本当に陽性である確率」はどれくらいか?

です。

具体的な100万人に検査をした場合で考えてみます。

  • 100万人に検査をした場合1万人に1人が陽性という仮定なので、100万人の中に本当に感染している人は100人いるということです。
  • したがって、本当の陰性の患者は \[1000000 - 100 = 999900\] 人います。
  • 特異度は90%だったので、陰性患者のうち間違って陽性になる割合は10%です。だから、偽陽性の患者は何人いるかというと、本当の陰性患者999,900人だったので \[999900 \times 0.1 = 99990\] 人いることになります。

    もちろん、残りの899,910人は正しく陰性と判断されます。

  • 感度は70%だったので、陽性患者のうち間違ってい陰性になる割合は30%です。だから、偽陰性の患者は何人いるかというと、本当の陽性患者は100人だったので \[100 \times 0.3 = 30\]  人いることになります。

    残りの70人は正しく陽性と判断されます。

  • ここまでの情報をまとめると
    • 100万人のPCR検査調査をした
    • このうち本当の陽性患者は100人のみ
    • 本当の陰性患者は999,900人
    • しかし、99,990人が偽陽性と判定され、残りの899,910人は正しく陰性と判断される
    • 陽性と判断される人数は、100人の陽性患者が実際にいるが、そのうち検査で陽性と判定されるのは70人なので、$99990 + 70 = 100060$人
    • 陰性と判断されるのは、偽陰性の30人を加えて、$899910 + 30 = 899940$人

故に

\[ (本当に陽性の人が陽性と判断された人)\div(偽陽性の人の数+本当の陽性と判断された人の数) \]

が、平均1万人に1人の割合の母集団(感染率0.01%)に対して検査を実行した場合、「陽性と判定される人の中で本当に陽性である」確率であるので

\[ 70 \div 100060 \fallingdotseq 0.00069958 \fallingdotseq 0.07\% \]

となります。

まとめ

結論1

感度70%、特異度90%のPCR検査において、感染者が平均1万人に1人の割合の母集団(感染率0.01%)に対して検査をした場合、「陽性と判定される人の中で本当に陽性である」確率は、僅かに0.07%!

これはどいうことかというと、1万人に1人というあまり感染者がいない状態で、ランダムでPCR検査を行うと、仮に10000人が陽性と判定されたとしても、その中で本当の感染者は7人だけ、ということを意味しています

実際の現場で当てはめてみると、10000人は9993人は本当は陰性なのに陽性と判断されたわけなのですが、感染症対策としては隔離が必要です。2020/04/24現在、既に軽症者はホテルや自宅待機ということになりましたが(結局症状の急変で死亡するようなことが相次ぎ、ホテルだけになりました)、以前は違いました。

つまり、10000人中9993人は偽陽性なのに隔離病床に隔離することになり、9993人は本当は陰性なので、そこで感染するリスクすらあり得ます

実際100万人にランダムなPCR検査をするというのは現実的ではありませんが、もしそういうことを行ったら、100万人中9万9990人の人が偽陽性が出てしまいます。しかし、本当の70人の陽性患者とともに(30人は偽陰性で市中で感染させているでしょう)100,060人を隔離しなくてはいけません

もちろん、これでは新型コロナウイルスによる重篤な肺炎症状が進んでいる人が後から入院しようにも、病床は一杯という悲劇的なことが起こり得るということになります。

なので初期のあまり感染者がいない状況で、少なくとも、「ランダム」とか「希望者には」というPCR検査は危険だということです。

参考のために、4月もだいぶ過ぎて、東京でも2000床を用意したというニュースがあったりしますが、3月の時点では指定感染症の病床数は厚労省によると、日本全体で合計5000床程で既に使っているのもあり、意外に少ない。

  • 第一種感染症指定医療機関 103床
  • 第二種感染症指定医療機関
  • 感染症病床を有する指定医療機関 1758床
  • 結核病床を有する指定医療機関 3502床

※厚生労働省の以下のURLより。

第一種感染症指定医療機関 第二種感染症指定医療機関

100人に1人感染している母集団では?

先程は10000人に1人が感染者という母集団を仮定して話をしました。これが変わると先程の結論はどう変わるでしょうか?

同様の計算をしましょう。

  • 100万人のPCR検査調査をした
  • このうち本当の陽性患者は10,000人
  • 本当の陰性患者は990,000人
  • しかし、99,000人が偽陽性と判定され、残りの891,000人は正しく陰性と判断される
  • 陽性と判断される人数は、10,000人の陽性患者が実際にいるが、そのうち検査で陽性と判定されるのは7,000人なので、$99000 + 7000 = 106000$人
  • 陰性と判断されるのは、偽陰性の3000人を加えて、$891000 + 3000 = 894000$人

正しく判断されるのは

\[ 7000 \div 106000 \fallingdotseq 0.06603773 \fallingdotseq 7\% \]

となり、これはつまり10000人の陽性患者と判定された人の中で、本当の陽性患者は700人ということになります。だいぶ精度が上がりました。

100人中、20人だったら?

  • 100万人のPCR検査調査をした
  • このうち本当の陽性患者は200,000人
  • 本当の陰性患者は800,000人
  • しかし、80,000人が偽陽性と判定され、残りの720,000人は正しく陰性と判断される
  • 陽性と判断される人数は、200,000人の陽性患者が実際にいるが、そのうち検査で陽性と判定されるのは140,000人なので、$80000 + 140000 = 220000$人
  • 陰性と判断されるは、偽陰性の60000人を加えて、$720000 + 60000 = 780000$人

\[ 140000 \div 220000 \fallingdotseq 0.636363636 \fallingdotseq 64\% \]

まあ、これでPCR検査を2回とか行って両方とも陽性と出れば、ほぼほぼ間違いないと言えるでしょう。

PCR検査を2回すると

もちろん、単純に2倍にはなりません。

最後に、直近の20%が陽性という母集団で陽性と判断される22万人を対象に再度PCR検査して、陽性と出た人(2回連続陽性)はどれくらいの確率で正しいでしょうか?

既に64%の人が正しい陽性患者と判定されている母集団になっているので、同様に計算できます。

  • 22万人のPCR検査調査をした
  • このうち本当の陽性患者は140,000人
  • 本当の陰性患者は80,000人
  • しかし、8,000人が偽陽性と判定され、残りの72,000人は正しく陰性と判断される
  • 陽性と判断される人数は、140,000人の陽性患者が実際にいるが、そのうち検査で陽性と判定されるのは98,560人なので、$7920 + 98560 = 106,480$人
  • 陰性と判断されるのは、偽陰性の42000人を加えて、$71280 + 42240 = 113520$人

\[ 98560 \div 106480 \fallingdotseq 0.925619835 \fallingdotseq 93\% \]

これで、ドクターのCT写真からの判断等を加わればほぼ100%の判断ができると思われます。

結論2

PCR検査において、その信頼性は母集団の感染率に依存する。ただし、実際の母集団における罹患率は正確にわかっていることはなく、ドクターの篩にかけて(患者を症状やCT、問診等で検査対象を絞ることにより)、母集団の罹患率を上げる必要がある。そして、2回以上の検査を行えば相当正確になる。

以上です。

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坂井和郎